なぜ大臣は「永住権ではない」と訂正したのか

皆さんこんにちは。

最近、入管がらみのニュースが本当に絶えなくて、話題に困らないという意味では非常にいいですね。
まあ、ただ、制度がコロコロ変わって、こっち側としては大変なんですけれども。

今回もニュースから引っ張ってきた話題です。
外国人関係を担当されている小野田紀美大臣の、記者に対する発言というものが、ちょっとSNSで話題になっていましたので、これを取り上げてみたいと思います。

どこかの政治批判ではなくて、「いや、これ本当こうなんだよね」というところですね。批判じゃなくて。

先に結論を言ってしまうと、この大臣の発言は肯定されるべきものだと僕は思っているので、何がどう正しいのかという話をやっていきます。

経緯のおさらい

そもそもの発言の経緯ですが、閣議後の会見で、ある記者の方が「永住権」という表現を使ったんですね。これに対して大臣が、「永住権ではない」と。つまり権利ではなくて、あくまで永住”許可”の話であって、ここを「権」と書いてしまうと誤解が生じる、と注意を促したという話です。

これに関して、いろんな方からいろんな意見が出てきている、というところです。

ポイント: 小野田大臣の発言は「永住”権”」ではなく「永住”許可”」だという用語の訂正であって、政策的な主張ではない。

大臣の発言は8〜9割正しい

結論から言うと、この大臣の発言は8〜9割正しいです。

外国人関係の制度というのは、原則的には(基本的人権的な)権利ではないんですね。これは日本に限らずです。

「権利ではない」って表現するとちょっと難しいんですが、僕たちが日本に居るのは日本人としての権利です。ただ、外国人の方が日本に居るのは、権利ではなく、あくまで許可の範疇でしかない。その許可の理解として、権利的なものが付いてくる、というのが正確な構造です。

インターネット上で「永住権」が表現がされているとき、その「権」が、強い意味での「権」──人権的な意味での「権利」であるかのように使われがちです。ですが、これは明確に誤りです。小野田大臣の発言の意図も、ここに重心があるのかなと思います。
今認められている範疇においては確かに権利性のようなものはあるんですけれども、絶対的・普遍的に保障されなければならない権利―たとえば財産権とか、生存権とか、名誉権とか―そういうレベルの権利ではない。

普遍的に必ず保障されているものではない、という意味で「権」という文字は使わないでくれ、という大臣の指摘は、これはこれで正しいなというところです。

ポイント: 「永住権」の「権」は、財産権や生存権のような普遍的な権利とは別物。許可された範疇に限った、限定的な権利性にすぎない。

法的用語と日常表現がズレる、というのはよくある

こういう表現のズレって、いろんなところで起きるんですよね。特にマスメディアを通じたときに、結構表現されがちです。法的用語としては間違いなんだけれども、こっちのほうが伝わりやすいから、つい使っちゃう、という。

僕たち行政書士の界隈で言うなら、在留資格とビザの話ですね。

よく「ビザ専門の行政書士」みたいな単語が踊っていますし、僕の記事でもビザという単語をたまに使うんですが、実はビザと在留資格は全く別物です。

ビザ(査証)は、外国人の方が本国の在外公館でもらってくる、入国のための推薦状的なもの。
在留資格は、日本に入った後、日本国が認めている活動の範囲を示す法的地位。全く別物なんですけれども、語呂がいいから、つい在留資格の意でビザって使っちゃう。

他にも、刑事事件の話で「被告人」を「容疑者」と呼んだりとかね。逮捕段階で容疑者っていう表現も本当は良くないんですけれども、つい使っちゃう。法的にはないんだけれども、社会現場で流通している言葉、というやつです。

「永住権」という単語は、実は存在しない

今回の話を受けて、改めて強く確認しておかなきゃいけないのは、こういう表現のズレ問題ですね。法律面に関しては、表現がこうなっているんだけれども実際はどうなんや、というところをちゃんと見ないといけません。

これはあくまで表現上の誤謬であって、「権利ではない」「実際そうじゃない」ということを正しく把握した上で言葉を使わないと、ちょっと間違いになっちゃう。

なので、実際のところ、「永住権」という単語は存在しないんです。あくまで「永住許可」というものが存在している。外国人の在留関係というのは全部そうなんですけれども、これは1種の「特許」に近いんですね(後で説明します)。

外国人には生来日本に在留する権利は無い。そこに権利を後天的に付与する。だから、在留する権利を付与するという意味で「在留資格」が存在するんですが…このように表現していくと「権利」がちょこちょこ顔を出す。「権利」を「資格」と代えて表現してもいいのですが、恐らく「権利」の方が理解は早いでしょう。
ただ、これをくっつけて「永住権」と表現してしまうと、なんかすごく強固なもののように見えてしまう。

でも、ここで言うところの「権利」は、そんなに強いものじゃないです。日常会話で使う「権利」というレベルほど強いものじゃない。あくまで「それをすることが認められている」という範疇の話で、「保障されている」という文脈ではありません。温度感としては営業権くらい。この場所で営業をする権利が認められた、この場所に車を止める権利がある、そのレベルです。

ポイント: 「永住権」という法律用語は存在しない。あるのは「永住許可」。在留関係全般は、外国人が本来持っていない権利を国家が付与している構造になっている。

なぜメディアは「永住権」を使うのか

僕も自分の記事で使っちゃいがちで、あるいみ予防線観たいな話なんであんまり良くはないんですが、メディアや僕たちの記事を含めて、やっぱり伝わりやすさが優先されてしまう部分は、かなりあると思います。

「永住許可」と書くと、表現として少し堅い。(ついで言うとSEO的にも悪そう!)
だから、おそらく「永住権」とか「ビザ専門」という単語を使っているんじゃないかな、と。

ただし、もし悪意を持って「永住権」という表現をして、あたかも外国人保有の権利、人権のようなものが存在するんだという意図を持って書いているのであれば、これはメディアとして失格だと僕は思います。

かなり厳しい言い方かもしれませんが。

「許可」と「特許」の話

最後に、さっき少し触れた「特許」の話に少し踏み込みます。ここはややこしい概念なので、あんまり深くは立ち入りません。さらっと流してください。

行政法の世界では、「許可」と「特許」というものがあります。

許可は、僕たち行政書士に馴染みがあるところで言えば、建設業許可とか運送業許可とかですね。これは、本来みなさんに(人権として)営業の自由があるところを、わざわざ一旦禁止して、要件を満たした人に対して改めて開放する、という性質のものです。

特許のほうは、電波の免許とか鉱業権とか、そもそも個人が本来持つような権利じゃない、大筋で言えば国家が持っているような権利を、個人に譲り渡すような性質のものです。

外国人が日本に在留することの法的性質を考えると、当然ながら外国人の方が日本に住む権利というのは、人権として当然に保障されているわけではありません。外国人個人が本来持っている権利ではないんですね。

それを日本国が「この外国人は住んでいいですよ」という形で、本来持っていないものを認めて付与している。

だから在留資格は、行政法学的には「特許」としての性質が強い、と認識してもらえばいいのかなと思います。

「永住権」という単語の語感の強さと、実際の制度の構造との間には、これくらいのズレがある、というお話でした。

ポイント: 在留資格は行政法上「特許」に近い性質を持つ。国家が本来持っている権限を外国人に譲り渡している構造であり、個人が当然に持っている権利を後から認める「許可」とは別物。

おわりに

今回の発言を受けて捉えるべきところというのは、基本的に「表現」の問題です。

特に法律用語というのは難しい単語が並びますので、それを言いやすく使おうとすると、少しずつズレてきてしまう。そういうことが世の中には溢れているんだな、というところを掴んでいただければ大丈夫だと思います。

実際、僕自身も、「優しくしすぎてしまって、本来の趣旨からズレてしまうのでは」、なんてことを警戒しながら記事を出していたりします。
僕たちの仕事上、こういう言葉のズレみたいなものに敏感に考えながら書いているんですけれども、実際に読まれる目の前の皆さんがどうやったら見やすいか、というバランス取りは、非常に難しい問題だなと感じます。

こういった細かいこともちょっとあるんだな、というところを皆さんに知っていただけると、こちらとしては非常に助かるという、手前勝手な記事ではありました。

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この記事を書いた人

大阪を拠点に、建設業許可・在留資格・ドローン・障害福祉などの許認可手続きを中心に取り扱っています。
法律を専門的に学んだ経験を背景に、複雑な手続きの要点を分かりやすく整理し、実務でつまずきやすいポイントを拾い上げて紹介しています。
ときどき雑談や趣味の話題も交えながら、専門的な内容をできるだけ読みやすくまとめているブログです。

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